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検証『ある神話の背景』 伊藤秀美

検証『ある神話の背景』

伊藤秀美 著 A5版 210ページ

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  ISBN:9784990615710(ダウンロード)、9784990615710(印刷版)
  2012年4月10日刊

検証『ある神話の背景』

渡嘉敷島の集団自決を扱った曽野綾子著『ある神話の背景』
この本はどこまで真実に迫ったのか?
依拠する第3戦隊陣中日誌は本物か、取材は適切だったか、
論理は妥当かなど徹底的に検証する。

 紹介記事



ま え が き から

 太平洋戦争末期、沖縄県の渡嘉敷島で集団自決事件が発生し、島の守備隊長だった赤松嘉次氏が自決命令を出したとして、その責任を問われた。 1950年に刊行された『鉄の暴風』をはじめほとんどが赤松氏を批判する中、作家曽野綾子氏による『ある神話のの背景』は赤松氏擁護にまわった数少ない書である。

 曽野氏は自身の現地での取材、当事者からの取材を標榜し、『鉄の暴風』は取材の実体が無いとして厳しく批判した。 これに対し『鉄の暴風』の著者である太田良博氏は、『ある神話の背景』が1973 年に単行本化されるやすぐに琉球新報紙上に批判を発表した。 しかしながら、これも含めて批判に対する曽野氏の基本的姿勢は「新しい資料が何もない以上、感情論をたたかわす気はない」(『新沖縄文学』1979 )であった。

 両者の論争が展開されたのは1985年4月から5月にかけてである。この時も「沖縄戦そのものは重大なことだが、太田良博氏の主張も、それに反駁することも、私の著作も、現在の地球的な状況の中では共にとるに足りない小さなことになりかけていると感じる」というのが曽野氏の態度で、十分に議論がかみ合ったとは言えない。太田氏の批判、曽野氏の反論、太田氏の再批判で議論は終了し、太田氏が指摘した『ある神話の背景』の問題点はそのまま残った。

 その後、新たなことがいくつか判明した。渡嘉敷村の兵事主任だった富山真順氏が、事前に自決用の手榴弾が配られたという証言をし、『ある神話の背景』が当の富山氏を取材しなかったことが問題となった。また、2バージョンある住民戦記のうち「赤松隊長が自決命令を出した」という一文の無い方を渡嘉敷村の最終結論とする 『ある神話の背景』の論法は誤りだとする伊敷清太郎氏の論文が出た。これらは学術紙上ではなく、「第3次教科書裁判」「大江・岩波書店裁判」など裁判で争われる異例の事態となった。

 さて、本書執筆への最大の要因は、新たな資料の発見にある。『ある神話の背景』が赤松隊の元隊員だった谷本氏によって1970年に編集された陣中日誌に依拠していることはよく知られている。近年、その原典の所在が明らかになり、谷本氏が編集した陣中日誌との比較対照が進められた。その結果、谷本氏編集の陣中日誌には大幅な加筆・改変が認められ、 特に集団自決と住民処刑に関する部分は1970年時点での加筆ということが判明した。その他、事実に反することがかなり含まれていることも分かった。本書の第1の目的は、これらを整理して述べることである。

 次に新しい資料とは言えないが、『ある神話の背景』には雑誌『諸君』連載時のものと後に単行本化されたものがあり、両者を比較すると、いくつかの重要な点で不自然な書き換えが認められた。こうしたことや陣中日誌の原典の発見により、『ある神話の背景』の論述がどう影響を受けるかを明らかにすること、これが本書の第2の目的である。

 既に多くの人によって指摘されていることだが、『ある神話の背景』は、資料、資料の取り扱い、論理の展開にかなり問題がある。曽野氏が取材時に読んでいたはずの資料、執筆時に手元にあったはずの資料を前提にして、曽野氏はどうすべきであったかという視点を交えてこの問題を考える。これを本書の第3の目的とする。

 『ある神話の背景』は、それ自体がいくつかの神話的エピソードに彩られている。集団自決の事実関係など全く関心のなかった著者がある報道関係者の手引きで赤松隊の戦友会に出席し解明の糸口となる文書を手に入れる、という出だしがそもそも神話めく。赤松隊員には個別に会った、自決用の手榴弾が配布されたと証言する富山氏に会わなかったなど、曽野氏自身による、国の審議会あるいは裁判所といった公的な場での言明もある。ところが、赤松隊の戦友会の席で取材する曽野氏の写真が存在する。富山氏には実は会っていたことを曽野氏本人が最近のある対談で明らかにする。その言葉はとても額面どおりには受け取れない。『ある神話の背景』の背景を探る、これが本書の第4の目的である。

目 次

第1部 検証 ある陣中日誌
第1章 谷本版陣中日誌 
 Ⅰ デビュー
 Ⅱ 特徴
第2章 『原典』はいずこ
 I 『原典』
 Ⅱ 『原典』の候補
 Ⅲ 写真の陣中日誌は何者か? 
第3章 辻版陣中日誌
第4章 第3中隊陣中日誌
 Ⅰ 陣中日誌と戦闘要報
 Ⅱ 米兵遊泳事件
 Ⅲ 主な出来事
第5章 公刊戦史との比較
 Ⅰ 米軍上陸
 Ⅱ 軍司令部の消滅
 Ⅲ 終戦
第6章 集団自決・処刑
 Ⅰ 集団自決
 Ⅱ 処刑事件
 Ⅲ 朝鮮人軍夫
第7章 第1部の要約
第2部 検証 『ある神話の背景』
第1章 本来の陣中日誌によれば 
第2章 住民戦記は虚妄か
 I 棄却の論理
 Ⅱ アプローチの問題点
第3章 単純なる図式
 Ⅰ 住民
 Ⅱ 赤松隊
 Ⅲ 対立の図式
第4章 データ処理の基本
 Ⅰ 引用
 Ⅱ 編集
 Ⅲ エピソード
 Ⅳ 再構成 
 Ⅴ 自然現象  
第5章 論点の抽出
 Ⅰ 地理情報の欠如
 Ⅱ 矛盾の追及
 Ⅲ 情報の非対称
第6章 背景の背景
 Ⅰ 取材写真  
 Ⅱ 沖縄ノート
 Ⅲ 週刊朝日 中西記事
 Ⅳ 戦跡碑
あとがき
付録 谷本版陣中日誌 1945年3月22日以前
 Ⅰ 不適切もしくは疑問な事項
 Ⅱ 記載漏れ事項
資料A 10月10日の陣中日誌 
    基地第2大隊第3中隊
資料B 辻版陣中日誌と赤松隊長戦場日記
資料C 3つの陣中日誌の比較 6月25日~7月7日
資料D 米軍のビラ
資料E 陣中日誌の比較 辻版vs谷本版 3/28,29
補注
文献解題
文献

著者紹介

伊藤秀美(いとう ひでみ)
 1950年三重県生まれ 
 1973年東北大学理学部物理学科卒業 
 1978年京都大学大学院博士課程中退 理論物理学専攻 
 防災関係の仕事の傍ら戦史を研究
 著書 船舶団長の那覇帰還行(2012,紫峰出版)

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