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日本軍の暗号作戦 保坂廣志

日本軍の暗号作戦

保坂廣志 著 B5版 544ページ 上 ISBN 978-4-907625-08-5
                下 ISBN 978-4-907625-12-2  
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日本軍の暗号作戦

世界一難解だと言われた旧日本陸軍暗号。敗戦とともに組織的な隠蔽工作が謀られ、実態は闇の中にと霧散してしまった。しかし幻の日本軍暗号は、米国家安全保障局記録に秘蔵されていた。国内外で日本軍の暗号作戦を追跡し、その解明にあたってきた筆者は日米両軍が激突した沖縄戦を主たる対象に、米軍の情報作戦、日本軍の暗号作戦の実態を初めて明らかにした。
さらに次の資料を全訳・復刻した。
1) 硫黄島にて正暗号手の立場から作戦全般を知る旧陸軍下士官の捕虜尋問調書。本調書は出色の暗号分析書としても解され、旧日本陸軍暗号の実態が晒される。
             2) 沖縄戦にて米通信分析班が行った通信諜報報告書。日本軍
             が戦場で交信した暗号は、部隊編成、作戦行動・意図を白日
             の下にさらけ出すことになったことが判明する。
             3) 日本陸軍が最後に使用した陸軍暗号書五号の完全復刻。暗
             号組立の構成要素や技術が判然とするだろう。
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注)CD版はA5版714ページ

 まえがき

 今次世界大戦下にあって暗号は、敵を殺戮する特殊兵器としての任を負い、死を命じた疎ましい兵器であった。もちろんそれを作り、命じ、殺させたのは軍部高官たちである。日本軍は、軍部を始め、数学者、言語学者等、優れた知性を集め世界一難解だと豪語した暗号を考案した。 しかしその行く手には、夥しい数の将兵の死が待ちかまえていた。暗号は、おぞましいまでの死の号令者にしか過ぎなかったわけである。

 本書を刊行する動機は、二人の旧日本兵の捕虜尋問調書に発している。二人の兵士は、硫黄島と沖縄でそれぞれ敵に自ら投降した者である。二人の兵士は、暗号要員であったことと、一日も早い戦争終結を心から願っていたことが調書から判明する。それぞれ異なる場所で日本軍暗号の機密暴露を行うが、二人の戦争体験は戦後の生活に多大な影響を及ぼした。戦後復員した二人のうち一人は、戦争そのものを心中に幽閉し、戦場で何があったかについて家族や旧友たちに一切口を閉じた。彼は、戦場地の名前を聞くだけでも心が千々に乱れると筆者に述べている。もう一人の旧日本兵は、家族にだけは戦争の話をしたが、人付き合いはなかったという。

 亡き戦友や家族を思い、多くの日本人が服喪追悼してきた。戦友会や遺族会、記念行事等への参加は、血であがなった平和への鎮魂ともなって現在に続いている。 しかし、この二人の兵士にあって、それらは無縁のものであった。戦争を身辺から追いやり、沈黙か精神的幽閉状態のような戦後を過ごしたわけである。

 しかし二人が述べた証言は、米軍記録の中にしっかりと残されていた。証言は、他の日本兵捕虜のそれと比しても出色であった。 生き残るための強い意志、平和への姿勢、 そして勇気を持って情報提供する精神であった。 二人の戦後が、戦争トラウマとの共存だとしても、彼らを批判するのは問題外だろう。 戦争行為の前に、誰一人クリ-ン・ハンドであるはずがない。 尋問調書から二人の高潔性と優れた知性を知った私は、 これら二人の証言記録を埋もれさせてはならないと考えた。 自らを代弁しない二人に代わり、 誰かがきっちりと旧日本軍の暗号作戦を跡づけるべきだとも考えた。その意味で本書は、旧日本兵二人と筆者による共著だと言える。 これが、本書刊行の動機であった。

 さて、本書は書き下し論文と資料編から構成されている。第Ⅰ部は論文構成で、「沖縄戦と日米情報戦」である。ここでは 沖縄上陸前から米軍はいかなる沖縄情報を収集したかについて、在外沖縄系住民や日系二世等の聞き取り調査を紹介している。 さらに、沖縄戦での米軍の情報作戦を、組織や機関の分析を通して論述している。 暗号戦争は、情報戦の一部を構成するもので、米軍情報機関がいかなるものだったか理解できるだろう。さらに沖縄戦での日本側の情報作戦の実態についても論述した。特に、沖縄守備に当たった第62師団暗号の解析を試みてもいる。

 第Ⅱ部以下は、資料編である。硫黄島にて捕虜となった情報下士官の証言を通して、日本軍暗号の全体像に迫ろうとした。全文翻訳ではあるが、証言に出てくる暗号組立の構成は、特記されてもよいだろう。これは暗号露出と呼ばれるものだが、誰が秘密を漏洩したかについて特に興味はない。今次世界大戦で日本が敗北したとき、中央で暗号戦を指導した関係者のほとんどは、あたふたと現場を立ち去ってしまった。かりに旧下士官の証言がなかったとしたら、少数の者を除いて誰も旧日本軍の暗号について理解できなかっただろう。私は、本資料は貴重な歴史的遺産だと思っている。

 第Ⅲ部では、 沖縄戦の渦中、 日本軍無線交信を傍受し、日本軍部隊編成や移動、さらに低度(師団 ・ 旅団以下の部隊) 暗号を解読した特別編成からなる米通信分析部隊の報告書を全訳した。日本軍呼出符号や無線周波数の分析を通し、確実に日本軍部隊を捕捉していく過程が理解されるだろう。 本記録には、添付資料として師団傘下の大隊や中隊が上部機関に送信した暗号文(正式には換字暗号と呼ばれる)が掲載されている。判読困難な電文がほとんどだが、わずかに解読可能な電文を読むと、戦場での兵士の肉声が感じられる。 熾烈な戦場で、兵士らは生命を賭して敵と交戦している。その時放たれた暗号は、確かに兵士の叫びでもあったのである。

 第Ⅳ部は、1945年2月1日より供用開始となった「陸軍暗号書5号」(通称 陸5)の全頁を復刻したものである。本記録は、陸軍乱数表とともに、沖縄戦終盤の45年6月、第32軍司令部の置かれていた首里城地下司令部から鹵獲(ろかく)された。これら2つの暗号書関連は、高級司令部のみに使用の許された日本軍最後の暗号書である。本記録は、軍調理場の炊事場釜戸から生焼けの状態で放置されていたのを、米軍情報部が入手したものだ。戦争と敗北、そして記録類の焼却処分が国内外をとわず行われたが、この「陸5」は、奇跡的に焼け残ったわけである。

 第Ⅴ部は、「陸軍暗号書5号」とともに、首里城地下司令部から発見された「陸軍乱数表乙13」全200頁のうちの一部だけを復刻したものである。本乱数表の供用開始は、45年7月1日からであった。日本軍の暗号使用の最大の特徴は、乱数表と呼ばれる数字を使用しての電文組立であった。乱数には、一度きりしか使用しない「無限乱数」と、数字を使い回しする「有限乱数」と呼ばれるものがあった。本記録の場合は、有限乱数と呼ばれるものに入る。暗号使用に際しては、どの暗号書と乱数表等を使用するのかの特別な取り決めがあった。これを専門用語で「区別符」と呼んでいる。暗号使用の際、どの暗号書を使用してもよかったわけではなく、事前取り決めがあった。本乱数表は、「陸5」とともに、軍最高機密であり暗号解読の「鍵」の部分を構成するものである。

 暗号書と乱数表は、無機的に軍事用語や数字が連なる言葉と数字の世界である。 今となっては、紙の兵器の残滓にしか過ぎず、見るのに数秒もかからない代物である。気持ちを込めて眺めれば、歴史に翻弄された紙の兵器の姿がかいま見えるかもしれない。紙碑としても記録に留め置くことは意味があろう。

 最後に、暗号作戦といってもそれは情報戦の一つにすぎない。米軍は日本との最後の戦争を行うに際し、日本国内外の暗号傍受やその解読に国の機関を最大動員した。潜水艦による敵地偵察や航空機による観測・写真撮影、捕虜尋問による情報収集や日系人を中心とした情報の収集、さらに日本政治、経済、社会の分析等、壮大な情報戦を展開している。情報戦とは、こうした戦力としての総合力をいうのである。暗号だけが、大戦の帰趨を決する等は、錯覚である。国家に与されない意志力、生きようとする能力、過去に学ぶ感性を持ち続ける人々に本書を届けたい。

も く じ

第Ⅰ部 沖縄戦と日米情報戦
 はじめに
 第1章 米軍の沖縄上陸前計画
  1.1 アイスバ-グ(沖縄上陸)作戦への道
  1.2 沖縄上陸前の戦略・戦術情報収集
  1.3 沖縄上陸前の沖縄情報収集
  1.4 米第10軍による住民の沖縄上陸計画
 第2章 沖縄戦における米軍の情報組織
  2.1 米軍上陸前の第10軍情報組織
  2.2 写真情報課
  2.3 戦闘情報課
  2.4 将来計画課
  2.5 日本軍戦闘序列班
  2.6 戦闘情報収集課
  2.7 第310敵情報隊分遣隊
  2.8 広報課
  2.9 第1情報・戦史任務課
  2.10 心理作戦課
  2.11 特別情報保全将校
  2.12 第303・第304司令部情報分遣隊
 第3章 沖縄守備軍の暗号作戦
  3.1 第32軍の暗号作戦
  3.2 沖縄地上戦での守備隊暗号作戦
  3.3 第62師団暗号作戦
  3.4 軍用鳩通信
  3.5 戦場地での日本軍暗号
  3.6 第32軍司令部の暗号露出
  3.7 日本軍暗号のおごり
 まとめ
 脚注

第Ⅱ部 硫黄島の日本軍と暗号作戦
 解題
 第1章 硫黄島作戦報告書
  1.1捕虜予備尋問調書
  付録 1 特別情報班の編制
  付録 2 兵器と装備
  付録 3 通信と交信
  付録 4 連合国に関する敵情報
  付録 5 雑 記
  1.2 暗号捕虜尋問調書
    添付記録 R.A ジュットン大佐による捕虜尋問調書の補足
  1.3 部隊編成 戦闘序列
 第2章 日本軍暗号と使用方法
  2.1 基本文書=1474Z文書
  2.2 1945年4月6日付け報告書第1474Zへの追加
  2.3 1945年4月6日付け報告書
     第1474Zへの追加 師団部隊用暗号書(続き)
  2.4 1945年4月6日の報告書第1474Zへの追加
     捕虜が記憶している暗語
  2.5 1945年4月6日の報告書第1474Zへの追加
     暗号専門用語の解説
  2.6 1945年4月6日の報告書第1474Zへの追加
     陸海共同作戦用暗号書
  2.7 1945年4月6日の報告書第1474Zへの追加
     陸軍4号暗号書
  2.8  1945年4月6日の報告書第1474Zへの追加
     北支那方面軍地上共同作戦用暗号書(1943年)
  2.9 1945年4月6日の報告書第1474Zへの追加
     暗号手
 第3章 戦時一般情報
  3.1 戦時一般情報
  3.2 戦時一般情報
 第4章 米情報部要請に伴う捕虜尋問調書
    (1945年5月尋問調書)
  4.1  4月6日付け報告書第1527Zへの補足
     (米情報部要請に伴う捕虜尋問調書)
  4.2 埋没措置された暗号作成機
  4.3 報告書1527Z(1945年4月6日)への追加-暗号
  4.4 4月6日付け報告書1527Zへの補足
 第5章 米国おける暗号機調査会議
  5.1 ワシントンでの暗号機調査メモ
  5.2 暗号機関連調査への回答

第Ⅲ部 沖縄通信作戦報告書
 解題
 第1章 はじめに
 第2章 情報・交信網(ネット)の復元
  2.1 第32軍
  2.2 第24師団
  2.3 第62師団
  2.4 独立混成第44旅団
  2.5 その他の通信網
  2.6 方位測定により示された部隊の配置と移動
 第3章 暗号解読
  3.1 (第62師団)第11大隊第11中隊使用の4数字
     暗号構成(システム)
  3.2 4数字対2数字
  3.3 3数字構成
  3.4 2数字構成
  3.5 カナ構成
  3.6 パターン=画一(ステレオタイプ)電文
 第4章 分析手順
  4.1 分析思考の解説
  4.2 第24師団
  4.3 第62師団
  4.4 方位測定
 第5章 勧 告
  5.1 はじめに
  5.2 ファイルと記録
  5.3 派遣任務
  5.4 要員要求
  5.5 情報の関連源
     付 録 1~24
     封入図 日本軍呼出符号一覧

第Ⅳ部 陸軍暗号書五号(略称陸五)
    補遺
    記符号、見出
    見出、数字、英字、蘇字
    年月日、時刻
    分、単位
    陸軍省
    官衙
    師団名
    部隊名
    通電先
    地名
    人名
    主要飛行機
    兵器名
    五十音順
    翻訳表

第Ⅴ部 陸軍乱数表
    陸軍暗号書5号計算表丙16

あとがき

著者紹介

保 坂 廣 志(ほさか ひろし)

  1949年 北海道生まれ
  1974年 東洋大学社会学部応用社会学科卒業
  1976年 東洋大学大学院社会学修士課程修了
  1988年 琉球大学法文学部講師(社会学専攻)、助教授を経て
  1994年 琉球大学法文学部教授(社会学専攻)
  2010年 琉球大学を退職
  現在、沖縄戦関係を中心とした翻訳業に従事
  著書関係 
  (単著)『戦争動員とジャ-ナリズム』(1991年 ひるぎ社)
  (翻訳・解題)『沖縄県史 資料編2(琉球列島の沖縄・他)』
    (1997年 沖縄県教育委員会)
  (共著)『沖縄戦研究Ⅰ』(1998年沖縄県文化振興会史料編集室)
  (共著)『沖縄戦研究Ⅱ』(1999年 沖縄県文化振興会史料編集室
  (監修・翻訳)『米国が見たコザ暴動』(1999年 沖縄市)
  (解題)『沖縄県史 資料編12(アイスバ-グ作戦)』
        (2001年 沖縄県文化振興会史料編集室)
  (共著)『争点・沖縄戦の記憶』(2002年 社会評論社) 

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